歌手のamazarashiさんをご存知でしょうか?
僕はこの人の音楽にとてもとてもハマっています。
今日は、amazarashiさんのうたのなかでも感慨深い「性善説」について本気で考えてみました。

 

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性善説とは?

 

福沢諭吉の学問のすすめは「天は天の上に人を作らず」の言葉が有名で、“天のように人間も平等になろう”という風に考えられがちですが、本当は“されども人は~”と話がつづきます。

 

学問のすすめは、結局人は平等ではないので学問を学べというセリフなのです。

 

性善説もこれと同じで、性善説は「人を信じるべきだという考え方」だというように誤解されていますが、じつは「人は、生まれついたときは善だけど、成長すると悪行を学ぶ」という意味が本来だと言われています。

 

この性善説に対抗するのは「性悪説」です。
「人は、生まれついたときは悪だけど、成長すると善行を学ぶ」という意味になります。

 

どちらにせよ「教育の過程で善にも悪にも染まる」という教えが本来の物だと思われます。

 

amazarashiの性善説

 

amazarashinの秋田ひろむさんは、どのように性善説を書き綴っているのでしょうか。
まずは歌詞に良く出てくるママの言葉についてまとめてみましょう。

 

裁かれて当然の人もいる

 

彼らは裁かれてしかるべきだ

 

崩れたビルや戦車・・・・裁かれるべきなのは戦争国?

 

隣人は愛せ

 

隣人は愛してしかるべきだ

「隣人を愛せよ」とはイエス・キリストの言葉です。
ただ、キリスト教の隣人は“自分以外のすべての人々”という意味ですが、、この母親は身近な人を愛しなさいと言っているような気がします。

 

陰口は止めなさい

 

陰口程みにくいものはないわ

 

彼らは裁かれてしかるべきだと相対している言葉です。
手を取り合いなさいというのは、“自分の周りの隣人だけ”が含まれるのでしょう。

 

他人を蹴落として一番になりなさい

 

他人は蹴落としてしかるべきだ

 

幸福とは人より上に行くということ。
一番あたまがいい、いちばんかっこいい、一番稼ぐ、それが幸福。

 

ウソをつけば罰が当たる、神に祈れば救われる

 

ウソをつけば罰が当たると
神に祈れば救われると

 

ママは自分の言うことをきかすためにウソをつけば罰が当たると脅したのでしょうか?
それとも理想論を押し付ける大人かどちらかだと予測できます。

 

母親の人物像

 

母親は自分の理想を子供に押し付ける人だった。
自分の都合で、あるときは性善説、ある時は性悪説を説く。

 

それを教えられた子供はその矛盾が正しいことだと思って育ったが、大人になって自分の目で世界を見れば知ってしまう。

 

「人間は平等ではない、世界は美しくない。母親の言うことは詭弁だ」
「刷り込まれてきた教育も、詭弁で間違いだらけなのかもしれない。」
「“信じることで救われる”」と言われて信じてきたものがウソだらけだった。でも、子供の時に身についた“大人を信じる”習慣からは抜け出せない。早く次の信じられるなにかをだれかに与えてもらいたい」

 

親を見て子は育つ

 

母親の自分の周りの隣人だけ幸せになってほしいという精神は無意識にも子供にも受け継がれました。

 

殺人だ強盗だ人身事故だもううるせぇよ

 

身近でない事件はどうでもいい、自分たちだけは明るくハッピーにいたいという気持ちのあらわれ方と思います。

 

バカな男の下世話な自慢話に車両を変える母親を見たよ

 

「性善説を信じているから汚いものを見せたくないんだろう。でも口では隣人を愛せとか言って矛盾してるよな。下世話な自慢話をしている男を愛せというのなら、子供を連れて車両を変える必要があるのか?その矛盾が性善説を産むんだよ」

 

このように解釈しました。

 

amazarashiの性善説で言いたいこと

 

amazarashinoの性善説を初めて聞いたときはとりはだがぶわーっと立ちました。
そのあとすぐにPVを見て、驚愕しました。

 

それほどインパクトの強い曲なのです。



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この曲で言いたいことは秋田ひろむさんではないのでわかりませんが、「責任をとれないなら自分のその場しのぎの意見を子供に押し付けるな」ということなのではないかなと思います。

 

amazarashiの性善説PVの解釈

 

 

性善説のPVもファンにはかなりの考察がされていますね。
PVは以下のようなストーリーになっています。

 

DAY1300

 

雪の深い山奥に子供と母親が住んでいる。
母親はキリスト教信者で、子供をとても愛している。

 

ただ、母親は町まで買い物に行くときは足早で、つねに警戒している様子。
この日、街で追われていることに気が付いた母親は、車で何時間もかかる雪山へ子供と2人で移動する。

 

泣いている母親に不安に思う子供。
しかし、車で追いつかれ、乗っていた役人(警察?)に“紙”を見せられて子供を連れていかれる。
子供は大泣き、母親も大泣き。
子供は車に乗り、母親は役人とともにその場に残る

 

Day1

 

母親ではない女性が赤ちゃんにほほえみかける。
赤ちゃんも女性に笑いかける。
女性はベビーカーをそのままに、もう1人の子供を抱っこしてどこかに行く女性。

 

次に覗き込んだのは“母親”。
ベビーカーをそのままにして、赤ちゃんを抱き走って連れ去る。

 

DAY1300

 

子供をとられた“母親”は役人と対峙していた。
笑い出したと思ったら泣き出し、銃口を頭に当てて引き金を引いた。

 

amazarashiの性善説PVの解釈

 

ポイントはDay1。

 

“母親ではない女性”が逃走していた子供の本当の母親だというのは確定だと思います。
ただ、説で別れているのが「偽母親は子供を捨て子だと勘違いして拾った」「偽母親は子供が欲しくて連れ去った」この2択なんです。

 

偽母親は子供を捨て子だと勘違いして拾った

 

「偽母親は子供を捨て子だと勘違いして拾った」の場合、雪が降る中に置き去りにされた子供を見て虐待だと思ったのかもしれません。

 

虐待をされていたとしても連れ去ったのは事実だし、役人に通報されてこの子がまたひどい目に合うかもしれないと逃げ回り、最後は「虐待は自分の勘違い」だったことに恥じて役人から銃を奪い自殺した。

 

という流れになるかと思います。

 

この女性はキリスト教の「隣人を愛せよ」を実行したつもりになっていたけど、「自分を全だと信じて疑わなかったために悪になってしまった」のでしょう。

 

偽母親は子供が欲しくて連れ去った

 

「偽母親は子供が欲しくて連れ去った」の場合、子供をベビーカーから取り出して走り去ったのにも納得がいきます。

 

多分、本物母親は赤ちゃんをその場において長女をトイレか何かに連れて行ったのでしょう。

 

遠くから見てもベビーカーが見えれば安心だから、偽母親はそのぶん追手の時間稼ぎができると思いベビーカーを置いて行ったのだと思われます。

 

ニセモノ母親は本物母親が自分の子供を探していることを分かっているので山奥に住んで、警戒して日々を過ごすのです。

 

子供が欲しいのは本当だから、もちろん子供には愛情を注ぎます。

 

しかし、子供は母親のもとで育っていた方が幸せだという大きな幸福論を「自分を全だと信じている偽母親」は少しも考えません。

 

「あなただけが私の善なのよ」。

 

善(子供)がいなくなれば、自分は愛情あふれる生活がなくなりただの犯罪者。
子供も本物の母親の元へ戻れば偽母親の罪に気が付き偽母親を憎むでしょう。

 

その時点でやっと自分が子供の妨げだったんだと自分をあざけり笑い、子供ともう会えない未来に絶望して役人から銃を奪い自殺するという流れかと思います。

 

結論

 

偽母親は子供への愛情は本物だけど、どちらにせよ誘拐犯。

 

偽母親の真意はどちらでもいいです。
どちらにせよただの誘拐犯で、子供にも子供の親にも世間にも悪だと思われる存在だということです。

 

1日目から始まり子供の1300日を奪いました。
4歳くらいですね。

 

子供の4歳は大人の4歳よりも大きく、この時期に性善説を唱える犯罪者に誘拐された子供は性善説、性悪説、どちらを唱えることになるのでしょうか。

 

まとめ

 

うたの歌詞をこんなにも真剣に考えたのははじめてです。
Amazarashiさんは本当に深いですね。

 

(歌詞引用)http://www.uta-net.com/song/144477/

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